text

□薄闇のひととき Yuri ver.
1ページ/1ページ






そこは何もない闇で、おれとヴォルフラムのたった二人きり…


真っ暗な筈なのに同じ色にも埋もれなかったおれは、真っ直ぐにヴォルフラムの心の臓を指差して、
言葉を発する。


凍てついた様に冷たく感覚のない、其の指……


『怖くはないか』





……否、違う。
姿が同じでもこれは違う。
まるで地を這う様な声…


『恐ろしくはないのか』

暖かい言葉の一つも言い表せる事が出来ない様な、表情の消し去った冷え切った目。


『恐ろしく等ない。これはぼくの決意なのだから』


駄目だ、嘘でも良いから…
そんな事言っちゃ駄目だッ!




『ならば、死ぬが良い』



これはおれであっておれじゃない。
何でこんな事を!?


お前は誰だ。



「ゃ…、めろ…」


誰なんだ。



『死ねッ』





やめろ――――……っ!!!!!!!!!







薄闇のひととき Yuri ver,










「っぅ、ハッ……はぁ、はあ…ゅ、夢…だったのか」

周りが真っ暗だった為に、夢なのか現実なのかの区別が暫くつかなかった。


しかし今は柔らかい魔王専用ベッドの上。
うっすらと見える白い天井が現実なんだと教えてくれた。


整わない息を落ち着かせたくて深く深く吸っては吐きだす。



嫌な夢だった。
自分であって自分じゃない。
それなのに、その存在が酷い威圧感を与えてくる。

それはお前だと。
まるでおれがしたのだとでも云うかのように…




「……違う。あれはおれじゃない」


声に出してはっきりと否定する。
そんな事有り得ない。
おれはおれであって他の誰でもない筈だ。


両の手のひらを顔に覆い被せて同じ様に深く吸い込む。

まだ息は整わない。
冷たい手がじんわりと汗を掻いたおれ自身を冷やしてくれ、て……

「ぁ、そんな…っ嘘だ……、」

気がおかしくなりそうだった。
体中が嫌な汗を掻いて自ら熱を放出してるのに、右手だけが…

ヴォルフラムの心臓に指差したおれの右手だけが……


その人差し指を中心に、
酷く冷たかった。


違う。

「…違うさ。布団から出して寝てたから、ちょっと冷えただけで…」

そうだ、そんなはずない。

何度も否定を繰り返して自分に云い聞かせる。
ただの夢だ。
全部、達の悪い夢。


「そうだ、…ヴォルフラムは!?」


これ以上考えるのが臆痛で、隣に居るはずのヴォルフラムを探す。
何よりも今はその存在を、そして安心感を得たくて…

「…………良かった、ヴォルフ」

無我夢中でさ迷った手が少し離れた所にいたヴォルフラムの髪に触れた。

それが何よりも嬉しくて起こさない様に傍へ移動する。
ヴォルフラムの周りはとても暖かくて、さっきまでの不安が嘘みたいだった。


ほら、やっぱりただの夢だったじゃないか。


安堵の息を漸くつけてヴォルフラムの髪に指を埋める。

毛先に向かってサラサラと指が流れる度に冷めたおれの気分も解かされていくみたいだ。
おれは本来の色を闇に隠した美しい髪に、何度何度も指を通した。



目覚めてから暫く経つがやっとヴォルフラムの顔が解るようになってきた。
普段より時間が掛かったのはきっとそれだけ緊迫したものがあったからだろう…


安らかな顔をしている。
寝息は聞こえなかった。それだけ熟睡していると云う事だろうか。


おれと違って、良い夢でも見ているのかもしれない…
そう考えたら自然と頬が弛んだ。

……今動かしているこの指が、否おれ自身があんな事をする日が来てしまうのだろうか…?



そんな筈ないって解ってはいるけど、最近おれ自身の中におれではないナニカが居ることには気付いていた。


意思とは全く関係なくおれを動かすオレ…




「誰なんだよ、お前は……」


答えなんて出ないって解ってる。
だからだろうか…

本当は、恐くて堪らない。


「――…ん、」


いつまでそうやっていただろうか、指に僅かな熱が籠もり始めた頃、撫でていた頬がピクリと動いておれは慌てて指を離した。
一瞬で重苦しい気掛かりから起こしてしまっただろうかと身近な心配に思いを馳せてしまう。

さっきまで彼のせいで肝を冷やしていたというのに、冷え切って触れた指は優しく溶かされ、想うだけで優しさをくれる…


ヴォルフラムに振り回されてばっかりだ。


(本当、勝手な王子様だよお前は)



こうして傍に居られる事がずっと、当たり前であればいいのに……



おれはヴォルフラムが寝てることをもう一度確かめてからゆっくりと体を起こした。


(ね、寝ている今だからするんだからな。…ぃッ今だけだかんな!!)

「……起きんなよ、ヴォルフ」


勝手に自分に言い訳付けてさっさと済ませようと体を落とした。
サラサラと流れる髪。その間に見える透き通るような白い肌に、思わず触れたいという衝動が全身を巡った。


髪に、額に。


肌に触れたら今度はもっと想いが増した。こんな事絶対本人には言えないけど…

(…おれ、今凄いドキドキしてる)


体中が心臓みたいにドクドクと強く波打ってる。
自分からするなんて悶絶死しそうだから絶対にしないけど。
今はヴォルフラムは起きてないし…



何よりもう、我慢出来そうにない。


「ん……ヴォルフ…」



恥ずかしくて…でも起こさない様に、焦れる程ゆっくりと溢れそうな想いを伝えて……



























* * *






恥ずかしくてどうしたらいいか頭を抱えそうな時、ヴォルフラムはこう言った。

『…何かあったか?』と。


何も言ってないしいつも通りにしたつもりだったのに、見抜かれた。

その驚きすら隠せなくて、まともに答える事もしていないうちに頬に暖かな温もりが降ってきた。


「大丈夫だ。ぼくが傍に居てやるから…」


(ぁ……)



悔しいと思ってしまったのは、その一言で今までの不安が一気に消えて行くように身を潜めた事。
あんなに不安だったのに…
何を思っても、紛らわそうとしても、きっとこの一言には敵わないだろうなと思った。


それを本人が知らずに言ってるんだから…なんだか…


…凄い、悔しい。



こみ上げてくる思いで胸がいっぱいになって、なんて言えばいいかも解らなくて、ただ頷くのが精一杯だった。



それ位、嬉しかったんだ。


こんなに、こんなに愛しいと想う日々がくるだなんて…今まで考えもしなかったから。



頬を撫でる優しい手の指に自分のを絡めた。相当恥ずかしいんだけど、今なら暗闇がまだおれたちを少し隠してくれるから。
だから、おれもちょっとだけ素直になろう。


「本当にどうしたんだ。今夜は随分と可愛いじゃないか」


半分だけ驚いた様に、でも残りは気持ちを隠しもせずに口元を緩めたヴォルフラムがそう呟いた。



ちょっとした感謝の気持ちだ、なんて言えないから。
だから代わりにもう少しだけ甘えてやるよ。こんなに傍にお前が居て、これ程心穏やかなんだから…




お前も、同じ気持ちならいいな…





『愛しているぞ、ユーリ』



そう何度も囁かれた言葉の一つ一つが、甘く耳に溶け込んではおれの熱い熱い想いに変わった。









いつか、今夜の夢を話さないといけない時が来たとしてもお前がいてくれるなら、と。







今はそう思った。








end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ